「UX戦略フォーラム 2016 Spring」イベントレポート

川添 歩
2016年6月24日

2016年5月27日、ソシオメディアは「UX戦略フォーラム 2016 Spring」を開催しました。

UX戦略フォーラム」は、2014年3月より、UX戦略を探求する4つの軸「UXマネジメント」「UXメソッド」「UXメトリクス」「UXリーダーシップ」から毎回1つの軸をとりあげて開催してまいりました。

第6回目となる今回は「リーダーシップ」の軸から、テーマとして「イノベーション組織の推進」を設定。
米GE(ゼネラル・エレクトリック)のデジタル戦略を包括するGEデジタルで CXO(チーフ・エクスペリエンス・オフィサー)を務めるグレッグ・ペトロフ氏をキーノートスピーカーに迎え、国内外でUX推進のリーダー役を担う登壇者6名が組織的なUX戦略のあり方を議論し、組織的なUX推進活動全体を広くカバーする内容を扱いました。

以下、今回の各講演の内容をご紹介します。

キーノート「GEにおけるイノベーションのためのUX組織戦略」 グレッグ・ペトロフ氏

グレッグ・ペトロフ氏

グレッグ・ペトロフ氏は5年前に SAP からGEに移り、現在ではGEグループ全体のUX戦略を推進する CXO の立場。UXチームを作り、UXとは何か、UXデザインのもたらす価値とはどんなものかを社内に啓蒙することが役割です。

「私たちが向かう世界は、幼いときからモバイルデバイスを使い、そのデザインが行動を形作る世界です」というメッセージに続き、GEにおけるUXの定義「人と製品やサービスの接点を作り出し、役に立ち、楽しい経験を提供するもの」を紹介。

ペトロフ氏がGEに入った当初、GEの製品は「美しくデザインされたもの」でしかなく、「人が中心のデザイン」になっていなかったため、きれいだが売れていなかったとのこと。
そこで、デザインを重視した企業が大きく利益を上げており、組織的なUXデザインの実践が製品やサービスの質を向上させるだけでなく効率のよいソフトウェア開発をもたらすことを示し、ビジネスモデルにもとづく利益、プラットフォームによる実現可能性、そしてUXによるユーザーの要求の三つのバランスがとれたデザインシンキングのアプローチがすぐれた製品をもたらし、結果として企業利益にもつながると提起。

GEにおいても経営層へUXのメリットを説得することには難しさがあり、そのための推進活動のひとつとして、経営層を相手に「数字で」UXの価値を提示した取り組みを紹介。

実際のデザイン活動においては、リサーチに基づいて仮説を立て、アイディアを出してプロトタイプを作り、その後アジャイルのプロセスに入る「デザインシンキング+リーンなアジャイル」の流れが有効だと感じている、と述べました。

そして最後に、GEでの実践として、成功事例を作ること、UIの設計がしやすいようにリファレンスデザインを考案したこと、コードをそのまま利用できるUIキットを作成したこと、カードベースのUIで複数のデバイスに対応しやすい「Predix UI」といった実例を紹介してキーノートを終えました。

QAの時間ではスピーカーのマーク氏から「ここに来られている多くの方はCXOのような立場ではないと思うが、そのように影響力が限定的な人たちは何をすべきだろうか」という質問。ペトロフ氏は「大きな組織では、最初にすべてを解決する必要はない。ホームランではなく、シングルヒットでいいから、フレンドリーに自分たちの仕事を見せ、そして成果を出すこと。UXのメンバーがいることで仕事がしやすい、成功しやすいようにすること」と回答しました。

「管理を超えた信頼の選択 – 不確実性の時代におけるリーダーシップスキルとは」ハナ・デュ・プレシ氏

ハナ・デュ・プレシ氏

ハナ・デュ・プレシ氏は、「デザインとソーシャルイノベーション」をテーマに Fit Associates 社の代表として活動しています。
今回の講演でプレシ氏は、まず冒頭に「組織にイノベーションをもたらすには『個人のなかにあるカルチャー』に着目する必要がある」と強調しました。カルチャーは自分たちが作るものであるとともに、自分たちに影響するものでもある。そしてカルチャーは会話によって再生産されていくものである、としました。

新しいカルチャーをもたらすためには会話を変革していく必要があるが、「新しい会話」を作ることには恐れや不安からくる困難さがある。そこで、新しい会話を育むための5つの方法を紹介。「恐れには冷静さを」「不安には、それの受容を」「不確実性には、なぜそれが気になるかを考えること」「可能性があれば、それに気づいて育てること」「失敗には寛大を」。
組織内で何かを恐れている人や不安・不満を持っている人、独自の価値観に縛られている人などの考えも受け入れることから始め、彼らと対話し、相互に影響しあう関係を築くなかでチームの安定がもたらされると説明。会話を通じた有機的なプロセスを経ることがイノベーティブな組織の実現につながると解説しました。

「UXの組織への浸透の取り組み 〜日立の実践事例〜」的池玲子氏

的池玲子氏

日立製作所でUX向上活動を実践する的池玲子氏はまず、自社におけるUX推進の観点として「プロダクト・ソリューションのUX向上」「バリューチェーン強化」「環境整備」の3つを提唱していることを説明しました。

続いて、UXの考え方を組織に浸透させるため、構想から実践に至るまで約3年をかけた一連の取り組みを解説。
推進活動の初期においては、UXの認知は着実に増加していたものの、実際の自分の業務への取り組み、組織への浸透は不十分でした。そこでUXの浸透を阻害する多数の要因を追求するため、職場や研修で観察を実施し、行動や発話を収集・分析。組織的な課題と個人の意識の課題が浮かび上がりました。それを受けて、マネジメント層が自らUXへの取り組みを宣言することで各組織が推進しやすい環境を作るとともに、お客様からのネガティブ/ポジティブフィードバックやユーザビリティテストを行い、必要性の実感をしてもらう施策をとり、開発者の意識に変化をもたらすようにした、とという経緯を話しました。

最後に、大切なのは組織的な取り組みにすることと、まずはUXの取り組みの入り口に立たせること、そして繰り返しの実践によって根付かせることだが、これらは日立の組織文化ならではのやり方であるので、まず「どういう組織なのかを見つめる」ことが重要であるということが語られました。

「NECのUX推進のための組織マネジメント」河野泉氏

河野泉氏

NECでプロダクトやサービスのUX向上推進をおこなう河野泉氏は、同社のデザイン推進プロジェクトについて、組織マネジメントの観点から説明しました。

トップダウンで実施を命じられたことではじまった同プロジェクトでは、初期段階で「認識の課題」と「実践の課題」がありました。社内のさまざまな立場の人での「共通認識」が持てない。何からやったらいいか、何に使えるのか、わからない。また、個々のプロジェクトで少しずつやっていたものの根付かない、という問題もありました。

そこで、社内の現場で起こっている「デザインで解決可能な問題」を調査。その調査結果を受けて、「認識の課題」への対策としては効果の調査と分析を実施。デザイン推進活動の効果測定について、実際に用いた「品質」「効率」「ブランド」など多数の分析項目を具体的に提示しながら説明しました。

「実践の課題」に対しては社内教育プログラムの実施、「プロセスガイド」の策定と利用によるプロセス整備、そしてこれらを統括して推進する部門横断の組織体制整備を実践してきました。このようにして社内にUX実践のサイクルを定着させ、推進活動が実際に効果を上げてきた流れを解説しました。

「UXの備えあれば『イノベーションのジレンマ』なし」平山智史氏

平山智史氏

ソニーで「PalmTop」などの先進的な商品の開発・UIデザインのキャリアから、現在はUI改善やユーザビリティ向上活動を推進する平山智史氏は、「バリュープロポジション・キャンバス(価値提案キャンバス)」図を使って、顧客の要求するものとプロダクトやサービスが提供する価値が合致し、届いているかどうかがそのプロダクトやサービスの価値であり、その「統一感をコーポレート単位で保つこと」が自身のミッションであると言及しました。

プロダクトやサービスの価値と顧客のニーズがマッチしても、ユーザビリティに問題があればリーチしません。
そこでユーザビリティの社内教育を重視して新入社員に対してのeラーニングを実施したり、複数の分野にまたがる製品の取り扱い説明書・ウェブのマニュアル等を DITA で管理して内容が連動するようにしたり、顧客の立場でわかりやすい言葉のガイドランやデータベースを作成し社内で共有するといったUXの実践を紹介。

また、大企業が新しい技術やビジネスモデルに対応できずに市場を失う「イノベーションのジレンマ」は、例えばソニーのウォークマンのシェアがiPodによって奪われたように顧客のUXとマッチしなくなることで起きるが、顧客のUXが多様化している現在においては、様々な市場に多様な製品を「刺激センサー」として投入してみることで、未発見のUXと顧客をとらえることができると説明、ソニーの新規事業創出プログラムはその実践であるとしました。

「UXカンバセーションの変革:組織的なUXリーダーシップは対話力にあり」マーク・レティグ氏

マーク・レティグ氏

Fit Associates 社の創設者としてハナ・デュ・プレシ氏とともに広く活動をおこなうマーク・レティグ氏は、組織やコミュニティに意識の変化をもたらすことの難しさや「組織が本当に変わるためには、どのような意思決定が必要か」というテーマでスピーチを展開しました。

レティグ氏は、組織が設定する問題(命題)が重要であると強調します。
例えば車のメーカーは「どのような車を作ればよいか」という問いをたてます。
しかし、実際に様々な立場の人によるリサーチによって、インフラが溢れて大気汚染ももたらしている現状からは、その問い自体が間違っていたことがわかりました。正しい問いは、「車を作っていた会社の我々は、何をすればよいのか」であるべきだったのです。これがこのプロジェクトチームの悟りの瞬間でした。

このように「どのような製品を作ればよいか」ではなく、「その製品はそもそも必要か」という根本的な問いを組織内でオープンに議論することでブレークスルーの瞬間が訪れ、ひとつのチームとしての創造的な活動につながると説明しました。

IBM で世界の CEO に対して行った調査(IBM Global C-suite study)では、戦略に影響を与えるのは一番が役員、二番目が顧客という結果でした。同時に、マーケットリーダー企業は競合企業と比べて、顧客に注目していることもわかりました。

しかし、顧客中心というカルチャーに変えていくにはとても時間がかかることもわかっています。
カルチャーには、何をし・語り・作るか(What)、どう作り・コミュニケートし・コラボレートするか(How)、なぜするか(Why)の三つのレイヤーがあり、Why のレイヤーには、質的-量的といった対立して混じり合いづらい課題があるため、ここにカルチャーを変えていくことの困難があります。

デザイナーは、観察する、熟考する、創る、ということを繰り返しますが、これをクローズドなカルチャーの中で行うと、熟考の部分、すなわち Why が見えません。これではカルチャーは変わりません。
様々なステイクホルダーを参加者として、一緒に観察し、一緒に熟考していく。それから新しいことを考えていく。そういう活動を繰り返していくことで Why のレイヤーが開かれたものになるのです。
こうした実践を行う「対話型のリーダーシップ」によってクリエイティブカルチャーが身についていく、ということが語られました。

パーティ 〜 対談「インダストリアル・インターネットの中核にUXあり – GEの CXO に聞くイノベーションのためのUX組織 – 」グレッグ・ペトロフ氏 × 篠原稔和

フォーラム後のパーティでは、当日のスピーカーと来場者の歓談の機会が提供され、来場者それぞれが抱える疑問や課題などについて積極的な意見交換が行われました。

グレッグ・ペトロフ氏と篠原稔和

また、キーノートスピーチを行ったグレッグ・ペトロフ氏とソシオメディア代表・篠原稔和によるトークセッションが設けられ、ペトロフ氏がGE社を包括する役職「CXO(チーフ・エクスペリエンス・オフィサー)」に至った経緯やその後直面した課題などについて、リラックスムードながらも深く突っ込んだ会話を展開。リーンスタートアップ手法を応用したGE版経営ツール「ファストワークス(FastWorks)」導入による用いた組織的な製品開発戦略や自身のミッション、産業界全体の動向などにも広く言及したほか、来場者からの質問を起点とした議論も広くおこなわれました。