『エクスペリエンス・オーケストレーション』 監訳者あとがき – 2

ソシオメディア
2024年10月1日

『エクスペリエンス・オーケストレーション』 監訳者あとがき – 1 からのつづき)

Marc Rettig(本書「まえがき」執筆者)へのインタビュー

ところで,本書に対して「まえがき」(viii, ix ページ)を寄せているソーシャルデザイナーの Marc Rettig(マーク・レティグ)は,監訳者とも旧知の仲にあります。そこで,本書の翻訳出版に際して,Marc から本書を取り巻く諸テーマに関するお話を「独占」でうかがう機会を得ました。ここでは,テーマの核心やその先の未来,市場における価値,本書を含むデザインマネジメント・シリーズ(実践編)の3冊への見解などを,ぜひとも皆さんとも共有したいと考えました。本書や本シリーズを読み解いていくためのヒントの1つとして,ぜひとも耳を傾けてみてください(なお,本書の「まえがき」そのものも,本書の導入ガイドとして高い評判を得ていることから,併せて目を通されることをおすすめします)。

篠原稔和(以下,篠原): こんにちは。Marcが本書に「まえがき」を書いていたことを書籍を手に取ってから知り,大変に驚きました。そこで著者たちから「まえがき」を書くことを依頼された時の経緯や,その時の心境を教えていただけますか?

Marc Retting(以下,Marc): まずは今回,このような機会をくださったことに感謝いたします。なぜなら,篠原さんとお話できることは,いつもとても嬉しいことなのです。

そこで,本書の「まえがき」についてですが。著者から直接に頼まれたことがきっかけとなって,書くに至りました。そして,それはとても光栄なことだったのですが,……。Chris や Patrick とは,カンファレンスでお会いしたことはあったかもしれないのですが,実のところ,彼らのことはよくは知らなかったのです。

このことは,私たちが互いに自分の存在がほかの人に与えている影響を意識することなく,世界を渡り歩いていることの一例と言えるのかもしれません。そして,こういった出来事が,私たちが知らなかった「つながり」について呼び起こしてくれるというのは,なんてすばらしいことでしょうか。まさに彼らの書籍は,私に「驚き」と「喜び」を与えてくれたのでした。その当時の私は,デザインやクリエイティビティ,そして,社会変革(ソーシャルトランスフォーメーション)の基礎としての「人間の複雑さ」について研究していました。

篠原: 本書の『エクスペリエンス・オーケストレーション(Orchestrating Experiences)』といったタイトルを見たとき,どのような感想を持たれましたか?

Marc: 私は,書籍のタイトルを見て,2つのことを考えました。1つ目は,「オーケストレーション」という言葉が,本書で説明されている内容に,まさにふさわしく,かつ斬新で役立つ言葉である,ということです。と同時に,「オーケストレーション」という言葉には,真理を言い当てた「2つのこと」が含まれています。

1. 仕事というものは「コントロール(制御)」はできないということ。製品やサービスの創造と提供とにおいて,「コントロール(制御)」するということは不適切なアプローチです。それはなぜでしょうか。まず,製品やサービスの世界での寿命は複雑で創発的だからです。そのため,人々が私たちのデザインとどのようにかかわるかを予測することなどはできません。次に,この仕事には非常に多くの人々,分野,プロセスがかかわっています。すべての猫たちをコントロール(制御)された秩序を持って歩かせることなどほぼ不可能です。私たちの仕事には,リーダーシップとコラボレーションの両方の観点からの「謙虚さ」が求められています。

2. 人々が自分の才能を自分よりも大きなストーリーに合わせようとしたとき,すばらしいものが生まれます。シンフォニー(交響楽団)で聴く音楽をコントロール(制御)できる人はいません。ダンスパフォーマンスで何を見るかについても,誰もコントロール(制御)できません。そもそも音楽やダンスには「楽譜」が存在しています。しかし,楽譜のなかの音符やステップを機械的に遂行したとしても,退屈な結果にしかならないのです。人々が練習したスキルを楽曲や作品の大きなストーリーに結び付けることによって,すばらしいパフォーマンスが生まれます。それは「建造物」ではなく,「パフォーマンス」なのです。彼らは目的,心,感情,魂を合わせることによって音符を演奏します。彼らは音楽の市民であり,ダンスの市民なのです。そして,どのアーティストも,パフォーマンスそのものが観客に変化をもたらすのと同様に,自分自身にも変化をもたらしている,とも言えるでしょう。

こういったことから,書籍のタイトルにある「オーケストレーション」という言葉に,私は感銘を受けました。これは,サービスとインタラクションデザインの分野への,まさに言葉による貢献と言えるのではないでしょうか。

篠原: 書籍のタイトルから考えたことの2つ目は何ですか?

Marc: こういった喜びとは別に,「オーケストレーション」については,もう1つ思い浮かぶことがありました。世の中には「コントロール(制御)」できないものがあって,そういったものは「オーケストレーション」しかできない,ということに気付くのが大事ですが,それだけでは十分ではありません。実は,一部のものごとには,「オーケストレーションできないこと」もあるということなのです。それが2つ目に考えたことでした。そういったものごとには,独自の生命があります。一部のものごとは,音楽家のグループのようには指揮することすらできません。庭のように「手入れ」をすることしかできない,ということなのです。

私は,「協調的な創造性」ということについて,3つの比喩を思い浮かべています。1つ目の比喩は,「ビルダー(造り手)」です。必要なものを指定してからそれを構築できる建築家兼大工のような人です。こういった人たちは,「決定」,「計画」,「実行」という制御モデルで成り立っています。誰もが設計図に従うのです。人生のいくつかの状況では,このモデルが適していると言えるでしょう。しかし,このアプローチをより複雑な状況,つまり「生き物」に適用しようとすると,よくない結果に陥ります。時には,害を及ぼす可能性すらあるのです。

2つ目の比喩は,「オーケストレーター」です。これは,大きな可能性をめぐって人々との間で「リソースを結集すること」を意味しています。そして,実践し,粘り強く取り組み,強力なものを出現させていくのです。「コントロール(制御)」よりも「コーディネーション(調整)」が求められます。「感知」,「理解」,「反復」をするモデルです。しかし,それでも,事前に定められた結果(アウトカム)への実装が求められます。ビジョンと創造力とは,依然として「オーケストラ」と「オーケストレーター」たちに中心化しています。

この際,リーダーは識別力を働かせなければなりません。私たちが直面している状況とは,何かを特定化して構築できるものなのでしょうか,それともオーケストレーションが求められるものでしょうか。ほとんどの状況には,その両方が関係しています。しかし,状況が人と人との関係性によって成り立っている場合には,別の「何か」が必要になってくるのです。例えば,「子育て」について考えてみましょう。地域の健康状態の改善,都市や大規模な組織のガバナンス(統治),これらのことは,構築したりコントロールしたりはできません。オーケストレーションすることもできません。つまり,そういった人々全員に対して「正しいこと」を一緒に実行させることなどできないのです。

こういった状況には,3つ目の比喩であり,第3のモデルである「ガーデナー(庭師)」が必要なのです。ガーデナーは,成長するものをコントロールする力がない,ということを理解しています。庭にあるすべてのものは,その性質に従って成長しています(誰かが言ったように,「ガーデナーがバラを作ったことなどない」のです)。庭にあるすべてのものはプロセスから成り立っています。庭とそこにあるすべてのものは,常に次のバージョンへと移り変わります。中心となるビジョンはなく,創造力は庭全体に分散しているのです。ガーデナーは,これらのプロセスに参加し,それぞれのものたちが繁栄するための条件を育み,全体の生命を守るためにこそ働いています。

そうなのです! 『エクスペリエンス・オーケストレーション』はすばらしい本なのです。本書が教えてくれているものこそが,まさに私たちの求めていることに違いありません。そして,本書が説明してくれるワークのその向こう側には,別の地平,別の「実践の集合体」が横たわっているのかもしれないのです。そうした時,本書に続く書籍のタイトルとしては,『エクスペリエンス・ガーデニング(Gardening Experiences)』になるのではないでしょうか。

篠原: 本書の内容面についてのご見解をうかがわせてください。特に,時代のトレンドにどのように合致しているか,などのご意見をいただけますか。

Marc: 私自身の仕事が変化するにつれて,経営やデザインの「現在のトレンド」とのつながりは徐々に薄れてきました。本書のメッセージが「企業の世界が創造的な仕事をする方法の幅広いトレンドを反映していれば」と願っているところです。

例えば,最近では,新しい空港ターミナルを建設している人々と仕事をしています。また,地域コミュニティや非営利団体での仕事も増えてきました。これらのチームはすべて,「オーケストレーション」という言葉に共鳴するに違いありません。また,オーケストレーションとは非常に難しいことだ,ということにも全員が同意するでしょう。なぜなら,技術的な専門知識を活かすことにほとんど時間を費やさないリーダーたちもいます。その代わりに,彼らは人々をまとめ上げることに日々の時間を費やしているのです。耳を傾け,関係を築き,チーム間の橋渡しをしています。時には,誤解や対立を解決してもいます。必要なすべての専門家が協力するためのプロセスと方法を考案している,と言えるでしょう。

もちろん,リーダーたちのカレンダーは常に会議で埋まっています。今,私が見ていることでの以前との大きな違いは,トップダウンによる管理が減り,エコシステムへの参加が増えたことです。

私自身は,現在,12人の上級管理職のチームとも仕事をしています。この1年間で,彼らは多くの同僚が組織を去るのを目の当たりにしてきました。去った同僚たちの後任には新しい人材が採用されます。なぜでしょうか。それは,CEO がオーケストレーションの文化を構築しているから,ということができるのです。「私たちは非常に難しいことを行っています。それは多くの人々,つまりコミュニティ全体に影響を与えているのです。そして,それを迅速に実行しなければなりません。それを達成する唯一の方法は,全員が一致団結して協力することしかないのです。それがいやで,今日ここにいない人たちもいるにはいます。まさに,組織全体を1つの同期した努力に引き込むことこそが,私たちリーダーとしての仕事なのです。」

『エクスペリエンス・オーケストレーション』は,このチームが引き受けた仕事よりも狭い範囲の仕事を扱っています。しかし,あなたがこういった「時代のトレンドとどのように合致しているか」といった質問をくれたとき,私はその CEO とチームのことを思い出しました。彼らは,本書が間違いなくトレンドに当てはまることを示す証明であり,そういったことは彼らだけに当てはまるものでもないことも理解しました。

篠原: 私は,現在,「デザインマネジメント」に関する書籍シリーズを日本で紹介する仕事に携わっています。そして,本書は,『センス&レスポンド―傾聴と創造による成功する組織の共創メカニズム(Sense and Respond)』,『カオス・マネジメント―デザインによるデジタルガバナンスの理論と実践(Managing Chaos)』に続く,デザインマネジメント実践編(第2シリーズ)の第3弾に当たるのです(図 a.5)。こういった3冊をシリーズとして紹介してきていることに,どのようなご感想をお持ちでしょうか?


図 a.5 デザインマネジメント・シリーズにおける本書の位置付け

Marc: これらの書籍群は,読者を旧来のエンジニアリングやマーケティングによる古い経営観の「その先」へと誘っています。これらは,熟考によるマネジメントや純粋な専門知識によるマネジメントから脱却していく傾向を反映しています。これらのアプローチは,複雑な社会のなかを生き抜いていくうえで,とても適切なものばかりです。
「感知して反応する(Sense & Respond)」といった能力は,すべての生き物の特質でもあります(大企業にいまだに存在する厳格な権力階層を除いては,です……。それは冗談です! 冗談とはいえ,私たちは徐々に「死んだ」経営モデルを捨て去ろうとしているのも事実です。そのモデルとは「外の世界によっては変えられたくない」といったものです)。

これら3冊の書籍群は,互いに手を取り合っています。1冊は,行動する前に常に耳を傾け,観察することを教えてくれます。それは,私たちの「傾聴と創造」をサイクルとリズムで織り込んでいく,ということなのです。こうしたリズムの力を説明するのは簡単ですが,それをマネージするのはとても難しい。ですから,私たちは『センス&レスポンド』という書籍に感謝すべきでしょう。

『エクスペリエンス・オーケストレーション』は,複雑な状況のなかで創造するということが,多くの人々の努力をオーケストレーションすることに向かわせる,といったことを教えてくれています。つまり,本書は,私たちの共通の目的のために,サイクルとリズムのなかを共創していけるということを示唆しているのです。

『カオス・マネジメント』については,オーケストレーションというよりも,ジャズのようなものだと指摘しています。ジャズの即興演奏では「感知と反応」が同時に起こっているのです。まさに常態的に!

つまり,3冊の書籍はそれぞれ異なる機能と目標に焦点を当てています。しかし,個々の書籍が推奨するアプローチはすべて調和(ハーモナイズ)しているのです。

篠原さん,あなたとあなたのチームは,この3冊の書籍を翻訳出版することで読者にすばらしい贈り物をしました。私たちは皆,私が「生きたプロセス(living processes)」と呼ぶものを受け入れるための指針を必要としています。そして,今こそ「TODO リスト」からは視線を外して,私たちが実現しようとしている「ストーリーを思い起こすためのリマインダー」が必要な時を迎えているのです。

篠原: Marcさん,貴重なメッセージをありがとうございました。