著者デイビッド・ハンズ博士との往復書簡
『デザインマネジメント原論 – デザイン経営のための実践ハンドブック』の著者、デイビッド・ハンズ(David Hands)博士とは、その翻訳過程から現在に至るまで、メールを介してさまざまな会話を交わしてきました。
その内容も、本書でわからない箇所の確認から始まって、デイビッドへの「日本の読者の皆さんへ」の文章の依頼であったり、「この章のおさらい」にある「プロジェクト用の課題」の回答例であったり(これについてはあらためて皆さまにご紹介します)。そして、その相談も時には日本からの英国の大学院への留学生の受入といったことまでに及んでいました。
そういった数々のやりとりの中から、特に、「監訳者あとがき」で書いた日本の現況について、デイビッド博士がどのような見解をもっておられるのかをうかがった際の往復書簡をご紹介します。
デイビッド・ハンズ博士
本書とデザイン・ドリブン・イノベーションとは相補的な関係
●篠原稔和(以下、Shino):
いよいよ、David の書籍が日本語でも紹介できる日が近づきました。そこで、日本での「デザインマネジメント」の周辺で起きている話題をご紹介して、そのことの見解をうかがいたいのですが。たとえば、現在の日本におけるデザイン領域の関心事を整理すると、以下のような状況ではないかと。
- 2006年に Klaus Krippendorf (クラウス・クリッペンドルフ)が著した “The semantic turn” が、日本でも2009年に翻訳出版(邦題:『意味論的転回―デザインの新しい基礎理論』)されて以来、デザイン領域での話題としてこのことが引き合いに出されること
- 2009年にイタリアの Roberto Verganti(ロベルト・ベルカンティ)が著した “Design Driven Innovation” が、日本でも2012年の初版に続き、2016年に改訂版が出版(邦題:『デザイン・ドリブン・イノベーション』)されて、多くの人たちがこの考え方に賛同していること
- この “The semantic turn(『意味論的転回―デザインの新しい基礎理論』)” と “Design Driven Innovation(『デザイン・ドリブン・イノベーション』)” の延長上に、2013年に Anthony Dunne(アンソニー・ダン)が著した “Speculative Everything(邦題:『スペキュラティヴ・デザイン 問題解決から、問題提起へ。—未来を思索するためにデザインができること』)” (日本では2015年に翻訳出版)が位置付けられるように感じられること
- つまり、このことは「デザインは、製品やサービスの形や機能をつくることではなく、モノに意味を与える行為である」や「問題解決だけがデザインではなく、新しい視点を生み出すことがデザインである」という論調である、ということができるのではないか、と。
そこで、David に質問があります。
まず、David の書籍では、この一連の書籍のことや著者については言及がなされていなかったのですが、それは何故でしょうか?
そして、これらの著者や書籍のことを、David は、どのように捉えているでしょうか?
●デイビッド・ハンズ博士(以下、David):
私もロベルト・ベルカンティさんのファンであって、ヨーロッパでも彼の “design driven innovation(デザイン・ドリブン・イノベーション)” についての見解は一目置かれています。
彼とはカンファレンスで数年前にお会いしたことがありますが、とてもおしゃれなデザイナースーツを着ておられて、それが非常に印象的でした!もし、Shino も直接、お会いされたらきっと同じような感想を持たれると思いますよ。
また、アンソニー・ダン教授は、友人の博士論文の指導をされたことで、やはり良く存じ上げています。その論文は人工物(アーキファクト)に意味を与える、という内容でした。ですから、私も篠原さんとまったく同感で、「デザインとは商品やサービスの形や機能を創ることだけではなく、モノに意味を与えることでもある」という見解をもっています。
この3人の方々の分野と、私の取り扱う分野は相補う関係にあるといえると思います。しかし、じっくりとこのことを考えてみると、彼らの分野は私の書籍のフォーカスからは少し外れている、とも言えます。でも、ベルカンティについては本の中で触れたような気もしたのですが、どうやら私の記憶違いのようですね。
とはいえ、Shino からこのようにコメントを頂いたことで、現在、執筆中の新しい書籍の中では彼のことを述べたいと考えています。また、Dan や Krippendorf も、とても有名な学者ですが、同じような理由で、私がフォーカスしていることから少し外れていた、というのがその回答になります。
●Shino:
なるほど。やはり、これらの見解と David の著作のテーマは、相補的な関係にあるわけですよね。そうなると、それらの考えの系譜と相補う関係にある David の書籍をしっかりと日本の読者の方々に伝えることは、大変に意義のあることであることを、あらためて認識することができました。
DesignOps、ResarchOps、DesignOrgへの見解
●Shino:
ところで、いわゆる日本の企業、特にITサービス産業が常に意識して、動向をみている米国を中心とした動きに関して。そこでは、下記のようなトレンドがあって、それを日本のビジネスパーソンたちは気にしているように日々感じています。
- 米国のITサービス業では、急速なモバイルアプリケーションの発展やデジタルサービスにおける新規事業創出に際し、大量のデザイナーが求められるようになってきていること
- そのため、それらのデザイナーたちをどうマネジメントしていくか、ということで、DesignOps(デザイナ運用)、ResarchOps(リサーチ運用)、DesignOrg(デザイン組織)などのワードが注目されていること
- たとえば、上記を代表する文献としては、新興系デジタル分野のデザインコンサルタントである Peter Merholz(ピーター・メルホルツ)が2016年に出した “Org Design for Design Orgs(邦題:『デザイン組織のつくりかた デザイン思考を駆動させるインハウスチームの構築&運用ガイド』)” (日本での翻訳は2017年)などがよく読まれていること
そこで、David に質問があります。
David の書籍では、現在の米国のITサービス系の企業やプラットフォーマー系の大企業で起きている上記のような現象は言及されていなかったのですが、それはなぜでしょうか?
●David:
その理由はいたってシンプルです。それは、一次資料やデータがあまりなかったということなのです(悲しいことに)。このような発展を考察する場合には、ケーススタディをしっかり使って論じる、というのが理想的だと考えています。おっしゃっている現象については良いケーススタディに出会うことができず、このテーマをその当時、本書の中で掘り下げるのには限界がありました。
ただし、とっても幸運なことに、私が指導していた大変優秀な博士課程の学生が、アメリカのポートランド大学で教える立場に就いたので、これからはデータ収集に関してはとても有利になっています!
●Shino:
わかりました。このことからも、David のケーススタディを使いながらしっかりと論じていく、という姿勢を感じることができます。そうすると、米国の DesignOps、ResarchOps、DesignOrg といった現象については、どのようなご見解でしょうか?
●David:
DesignOps と ResearchOps については、現在、執筆中の書籍の中で取り上げようとしています。特に、ビジネス業界での「デザイン思考」という流れにおいてです。そこでは、ビジネス業界で使われる方法論についてコメントをしています。
さらに、現在一人の博士号の教え子が、ビジネス戦略におけるデジタルの役割について研究を進めています。この DesignOps と ResearchOps といった二つの仲間のような組織に対しては、まさに今アンテナを張っているところなのです!
ユニバーサルデザインを志向する日本の読者の皆さんへ
●Shino:
ところで、少し話題が変わるのですが。
日本では、David も本書で言及されていたように「ユニバーサルデザイン」への取組みを行う企業や、「インクルーシブデザイン」や「アクセシビリティ」、そして、「ソーシャルデザイン」への取組みを意識している企業が大変に多いです。
そこで、うかがいたいことは、特に、David が本書の第7章で強調された「デザインの未来」の章こそを、こういったテーマに取り組んでおられる方々に読んでもらうべきだと感じているのですが、そういった読者の方々へのコメントやアドバイスをいただけないでしょうか?
●David:
ありがとうございます。
このセクション(第7章「デザインの未来 – 変化のイネーブラーとしてのデザイン」)を読まれる全ての方に対してのコメントになるのですが。
デザインは緊急性のある、また興味深い分野であり、注目されるべきである、ということです。この章では、デザインが私たちの未来をどのように形成するか、じっくり考察し議論することを目標としています。デザインは商品やサービスだけのことではなく、今やビッグデータやスタンダード、ビジネスモデルなど関連するあらゆる事柄にも関係してきています。
このことが何を意味するのか、そして、どのように私たちの生活に関わってくるのか、を理解することこそが大切なのです。
将来のことは、その時が来るまでは本当の意味ではわかりませんが、デザインを用いることによって、明日の未来に最大限に生かすためにはどうすれば良いのか、を今、学ぶことができるのですから。
(2019年2月の往復書簡より)