新刊『デザインマネジメント原論 – デザイン経営のための実践ハンドブック』の概要紹介

篠原 稔和
2019年5月27日

2019年5月27日(月)に、弊社が監修・翻訳を担当した新刊書籍『デザインマネジメント原論 – デザイン経営のための実践ハンドブック』が出版されました。本書は、今まさに日本の企業や行政などが直面する複雑な課題の解決に際し、デザインの力を使って乗り越えていくための処方箋である「デザインマネジメント」、「デザイン経営」を網羅的に解説した教科書であり、ワークショップなどを重ねながら活用できる「ハンドブック」となっています。

本書『デザインマネジメント原論 – デザイン経営のための実践ハンドブック』は、ランカスター大学のデザインマネジメント修士学コースの責任者を務めるデイビッド・ハンズ(David Hands)博士が2017年に著した”DESIGN MANAGEMENT: The Essential Handbook” の全邦訳です。

著者のデイビッド・ハンズ博士

デイビッド博士は、その他にも英国ランカスター現代芸術研究所の大学院研究責任者、欧州のデザインの活動団体である「Design for Europe」の発起人、「Academy for DESIGN INNOVATION MANAGEMENT Conference」の委員、そして、中国の山東工芸美術学院(Shandong University of Art & Design)での「デザイン政策ユニオン」のディレクターなどを歴任しています。まさに「デザインマネジメント」に関わる教育界から産業界にわたって影響力をもつ「デザインマネジメント領域の第一人者」といえるでしょう。

デイビッド博士には、これまでにも”Vision and Values in Design Management”(AVA Publishing, 2009、未邦訳)といった、グローバルな視点からデザインの本質と価値とを著した書籍があります。その書籍は、「デザインマネジメント」に関する網羅的な解説に、現場のインタビューや具体的なケーススタディとを交えた、その当時の「デザインマネジメントの最良の入門書」です(図表a)。そして、その出版から約10年近くの歳月を経て著された本書は、あらたに本領域を学ぶ初学者から実務者までの最良の「教科書」であり、ワークショップなどを重ねながら活用できる「ハンドブック」となっています。そこで早速、本書の各章の内容をご紹介していきます。

書籍「Vision and Values in Design Management」(AVA Publishing, 2009)
図表a. “Vision and Values in Design Management”(AVA Publishing, 2009)

1章と2章:「デザインの価値」と「ケーススタディ」

まず、第1章「デザインの価値:デザインと組織」では、デザインが組織にどのような価値とメリットをもたらすかを紹介しています。「組織」とは、営利組織だけでなく、非営利組織のことも含んでいます。なかでも、組織におけるデザインの評価を行うための方策として、デンマーク・デザインカウンシル(DDC)の「デザインラダー:4段階のデザイン成熟度」(図表b)やデザインマネジメント・インスティチュート(DMI)の「DMIデザインバリュー・スコアカード」の存在を確認することが重要です。また、組織がイノベーション活動を実践する際のデザインのプロセスモデルとして、イギリス・デザインカウンシルの「ダブルダイヤモンド」とその各ステージで活用する代表的なツールについても解説しています。

第2章「デザインマネジメントの実践:ケーススタディ」では、第1章に呼応する形で、デザインが組織の変化に有意義なかたちで寄与した数々の事例を紹介し、変化を触発する様々な形態が示されます。ここでは、普段私たちの知ることの少ない欧州の国々での取組み例が、「プロフィール(国、業種、投資額、期間、デザインのサポート)」、「背景」、「デザインの効果」、「結果」といった軸に沿って取り上げられていることから、各事例を比較することなどが容易になります。この章では計6つの事例が紹介されますが、今後に事例を蓄積していく上での大切な、いわば事例紹介のテンプレートとしても活用することができます。

デンマークのデザインラダー
図表b. デンマークのデザインラダー(本書第1章より)

3章と4章:「デザインの活動領域」と「ケーススタディ」

第3章「デザインの活動領域:成功のための柔軟な戦略」では、企業の事業戦略開発においてデザイナーがいかに「陰の立役者」になっているかについて解説しています。そもそもがデザイナーとはアイデアや可能性を探究して理解する能力に秀でている存在であることから、市場開拓や長期にわたって持続可能な未来へ通じる「新しい方法」をもたらすことができるとも言えるのです。また、この章の後半では、新製品開発におけるデザインプロセスのモデルと、その各段階でのツールについても言及されます。

第4章「デザイン戦略の実践:ケーススタディ」では、第3章に呼応する形で、デザイン戦略の実践の側面に光を当てて、企業に大きな成果をもたらした5つのタイプの事例を紹介しています。先の2章と同様、事例紹介のテンプレートに従って詳細なストーリーが解説されます。この5つのケーススタディに共通するテーマには、継続的に事業を成功させて長期的な方向性を導いていくための戦略的な駆動力として「デザイン」を活用する、といった姿勢をもっている点があげられます。ここで、事業成功のためのデザインマネジメントについて多くの知見を得ることができます。

5章と6章:「国レベルのデザイン活動」と「ケーススタディ」

第5章「デザインのビジョン:国の資産」では、デザインの活動を大局的にとらえて、特に国レベルの活動を考察しています。国がデザインにどれだけ投資しているかを詳細に確認し、競争力を維持する手段としてのデザインの重要性を企業に対して訴える「デザイン業界団体」の役割についても言及されます。ここでは、デザイン振興にかかわっている国レベルの機関や業界団体のみならず、国が資金援助するデザイン支援制度の現況も示されます。また、2004年に創設された「ユネスコ創造都市ネットワーク」についても詳述しています。この章の終わりには、イギリス(スコットランド)の小都市であるダンディー市において、「サービスデザイン」が幅広いコミュニティ活動に寄与したケースの寄稿文で締めくくられます。

第6章「成長とイノベーションのための道具としてのデザイン:メキシコのケーススタディ」は、メキシコシティの詳細なケーススタディです。ここでは、マクロ、組織、個人のプロジェクトといった3つのレベルでのデザイン活動を確認していきます。また、国、産業、事業のレベルでデザインの影響を測定する方法の観点からも解説されます(図表c)。当初、デザイン研究自体が国レベルでも産業レベルでも行われていなかった同市が、2018年には世界デザイン首都に選ばれ、いまや国際的にもデザイン都市として認められるようになった様子を、各種の小さなデザインプロジェクトの観点から紹介しています。

デザインの価値のモデルに含まれる4つの段階
図表c. デザインの価値のモデルに含まれる4つの段階(本書第6章より)

7章と8章:「デザインの未来」と「デザインマネジメントの未来」

第7章「デザインの未来:変化のイネーブラーとしてのデザイン」では、デザインを広い角度からとらえて、刻々と変化する社会と技術という文脈において、デザインが変化をどのようにして率い、そして変化にどう反応しているかを考察しています。このマクロのテーマを「デザインと技術の変化」、「人口構成の変化」、「消費者の変化」といった3つの観点から掘り下げます。特に、「人口構成の変化」では「ミレニアル」と「グレーパウンド(日本でいうところの「シルバー世代」)に着目しています。また、「消費者の変化」では、CSR(企業の社会的責任)とデザインとの関係や課題について解説しています。この章の最後では、イギリスを代表するデザインマネジメント会社のディレクターで、デザインストラテジストのLynne Elvins氏に、デザインの本質の変化や、デザインが組織と個人にどのように有意義な価値をもたらし得るのかについてのインタビューとなっています。

第8章「今後の展望とデザインマネジメントの未来についての議論」では、専門領域としてのデザインとデザインマネジメントの未来について焦点を当てています。ここでは、私たちの生活を高める手段としてのデザインが、今どこにあるのかを振り返ると同時に、社会的・技術的な変化を踏まえて次なる進化のステップとして何が考えられるかが考察されます。なかでも大きな動きが見られる領域の一つとして医療分野で果たすべき役割について、ロンドンのウィッティントン病院が「デザイン思考」をどのように活用して、薬剤部から処方箋薬を受け取る際の患者体験(PX:Patient eXperience)を向上させたのかの事例を紹介しています。また、都市の未来について、市民を意思決定プロセスの中心に据えたスマートシティの出現と、市民の具体的なニーズに合った新しいデジタルサービスの創造において、市民が組織と協力する方法を考察していきます。この章の終わりでは、中国でデザインとデザインマネジメントがどのように発展し、経済改革においてどのように重要な役割を果たしているかについてのケース解説が紹介されています(図表d)。

中国におけるデザインの進化
図表d. 中国におけるデザインの進化(本書第8章より)

以上を通して既にお気づきのように、本書は2つの章が対をなしながら、その詳細な解説と、多岐にわたるケーススタディやインタビュー、寄稿文による実践者たちの生の事例や声とによって構成されているのです(図表e)。同時に、各章の終わりには、各章を振り返るための「この章のおさらい:主なポイント、チェックリスト、復習の問い、プロジェクト用の課題」がついており、独習する方にとってもチームで相互に学習する方々にとっても便利なハンドブックとして活用できるように組み立てられています。また、各章末の「参考文献」と「推薦文献」、「ウェブリソース」から更に学習を発展・応用していくための詳細な道筋が用意されていることも大きな特徴となっています。

本書の構成
図表e. 本書の構成

是非、皆さんも本書の特徴を把握した上で多角的に活用しながら、「デザインマネジメント」の基礎から応用までを習得するための基盤づくりに役立てられることを強くお奨めいたします。