『詳説デザインマネジメント – 組織論とマーケティング論からの探究』の概要紹介
2020年3月20日(金)に、弊社が監修・翻訳を担当した新刊書籍『詳説デザインマネジメント – 組織論とマーケティング論からの探究』が出版されました。
デザインを経営に活かすための「デザイン経営」や「デザインマネジメント」に関わる「世界の現在」を紹介するデザインマネジメントシリーズ。その第3弾にあたる本書は、著者による網羅的な文献に裏付けられた論考に加え、合計10人(「まえがき」と第1章から第9章までの「振り返り」)にものぼる研究者たちの論考によって支えられた、文字通り、「デザインマネジメントの現在」を詳説した「デザインマネジメントに関わる教科書の決定版」として位置付けることができます。
この記事では、本書の内容についてその背景等の解説を織り交ぜながら、ご紹介いたします。
詳説デザインマネジメント – 組織論とマーケティング論からの探究
図表a. 『詳説デザインマネジメント – 組織論とマーケティング論からの探究』
著者のソティリス・ララウニス博士
Sotiris Lalaounis 博士は、現在、英国のエクセター大学ビジネススクール(the
University of Exeter Business School)の組織学科におけるマーケティングとデザインマネジメントの講師を務めています。当初は、エジンバラ大学(the University of Edinburgh)の大学院でデザインとデジタルメディアに関する学位を取得。その後、デザインコンサルタント会社での勤務を経て、スコットランドにあるグラスゴー・カレドニアン大学(Glasgow Caledonian University)のクリエイティブ産業センターにてデザインマネジメントの博士号を取得しました。
Sotiris 博士の論文は、クリエイティブ産業における事業開発の問題を研究したもので、現在の研究テーマは、組織的なパラドックスや組織的な双面性(両利きの経営)、クリエイティブ企業に関する調査・研究です。
現在取り組んでいる研究には、英サウサンプトン大学(University of Southampton)の Ajit Nayak 教授との共同論文として、「Unfolding dynamics of vicious cycles: Defense mechanisms and feedback loops in a design firm(悪循環にある展開ダイナミクス:デザイン会社における防衛メカニズムとフィードバックループ)」があります。この論文は、本書でも解説される組織的パラドックスに関するテーマを扱っており、デザイン会社に関するエスノグラフィーによるケーススタディとなっています。
本書の構成とバックボーン
本書は「第1章 はじめに」から「第10章 まとめ」までの10章からなり、全体をとらえると図表b.のような配置となります。
図表b. 本書の構成(監訳者による作図)
第1章〜第5章はデザイン領域における内容が中心となっており、第6章〜第7章は本書のオリジナル版や翻訳書のサブタイトルに記している「組織論」(第6章)と「マーケティング論(第7章)」からの重要な潮流とデザインマネジメントとの探求がなされます。そして第8章では全体を貫くデザインの姿勢としての「人間中心デザイン(HCD:Human Centered Design)」についての解説があり、第9章では本領域を市場に浸透させるうえで重要な役割を担う「専門サービス会社としてのデザインコンサルティング会社」についての解説と続き、「まとめ」の章(第10章)へと至ります。
それでは、各章についてもう少し詳しい内容を見てみましょう。
1章〜5章:デザイン領域の概要 – 戦略、プロセス、メソッド
第1章「はじめに:デザインマネジメントとクリエイティブ経済」の基本的な狙いは、デザインマネジメントが時代とともにどのように発展してきたか、そして現代社会でどのような役割を果たすのかを理解することにあります。古代文明からのマーケティングや商業の発展とその中でのデザインマネジメントの発展、またデザインマネジメントの3大パラダイムを探求しています。続けて、クリエイティブ産業と経済が社会で果たす役割について述べ、サステナビリティや環境を意識したデザインについて論じた他、デザインマネジメントとマーケティングのパラダイムの間に存在する「人間への焦点」を通じたシナジー(相乗効果)を特定していきます。
第2章「デザインリサーチ:デザイン問題の定義とデザイン機会の特定」では、デザインリサーチ(Design Research)のプロセスとメソッドについて解説しています。デザインリサーチの起源の解説から始まり、デザインリサーチのプロセスにおいて、マーケッター、デザイナー、リサーチャーの間でどのようなコラボレーションが行われるかや、各種のデザインリサーチメソッドを批判的な考察を織り交ぜながら解説します
図表c. デザインリサーチのプロセス
第3章「デザイン思考の組織DNAへの組み込み」では、デザイン思考(Design Thinking)の概念とデザイン思考を組織のDNAに組み込む方法について解説します。デザイン思考は、デザイン会社の専売特許ではなく、どんな組織でもそのDNAにデザイン思考の原則を組み込むことができるのです。それだけでなく、デザインマネジメントの実践には、会社の戦略にデザイン思考を取り込む必要があります。本章では、デザイン思考の起源と特徴、プロセスの各段階について議論していきます。
第4章「戦略的デザインマネジメント:デザイン戦略の開発」では、第3章の議論に基づいて、柔軟性のあるデザイン戦略を開発するために組織が実行すべきことを考察しています。まず、デザイン戦略と戦略的デザインの概念を定義。この2つの違いを理解しておくことは非常に重要です。そして、デザインが戦略にどのように寄与するかを考察し、経営戦略やマーケティング戦略の概念とのつながりを探求した後、デザイン戦略開発のためのプロセスの各段階を議論していきます。
図表d. デザイン戦略開発のプロセス
第5章「個人と組織のクリエイティビティの理解」では、人間のクリエイティビティとその由来や成果についての解説です。デザインマネジメントを理解するには、クリエイティビティという概念について、またクリエイティブなプロセスの様々な段階について、深いレベルで理解する必要があります。この章を通じて、企業という組織において、そのメンバーのクリエイティビティを刺激し、奨励し、高めていく方法を学ぶことになります。
6章:組織論からの探求
第6章「デザインイノベーションのための組織づくり:組織のパラドックスと双面性」では、高いレベルのクリエイティビティとデザインのイノベーションを達成するために、企業がどのように組織化できるかを理解すべく、組織経営学に目を向けます。なかでも特に重要とされるイノベーションにまつわる組織のパラドックスおよび双面性の概念[両利きの経営]に関する文献を見ていきます。特に、昨今、企業経営者の方々から注目を集めている「両利きの経営」と「デザインマネジメント」といったテーマについては、本ブログで、あらためて解説していく予定です。
7章:マーケティング論からの探求
第7章「ヒューマンエクスペリエンスとデザインマネジメント」では、人とモノの関係、体験(エクスペリエンス)の概念について議論し、デザインマネジメントが人間のホリスティックな体験にどのように寄与するかを明らかにしていきます。特に、マーケティング論からの探求として「エクスペリエンスエコノミー(経験経済)」の性質と「エクスペリエンシャルマーケティング(経験価値マーケティング)」のプロセスとの観点でデザインマネジメントの解説が試みられます。
図表e. エクスペリエンスエコノミーとエクスペリエンシャルマーケティングの概念の違い
8章:「人間中心デザイン(HCD:Human Centered Design)」についての解説
第8章「人間中心デザイン:共創とデザインマネジメント」では、デザインマネジメントと技術(ソーシャルメディアなど)が価値の共創プロセスで果たす役割について探求します。このプロセスは、製品やサービスの開発に際して顧客を中心に置くだけでなく、顧客が最終的に消費することになる広告や製品やブランドを共創できるよう、その権限をもたらすプロセスについての解説です。この共創の概念に関係して、擬人化されたデザインのマーケティングがもたらす可能性についても探求しています。
図表f. 共創活動の基本構成要素
9章:組織変化の触媒としてのデザインコンサルティング会社の役割
第9章「専門サービス会社としてのデザインコンサルティング会社」では、デザインプロジェクトをどのように実践していくかを探索するために、専門サービスプロバイダとしてのデザインコンサルティング会社や、コンサルティング会社と顧客の関係のマネジメントについての解説です。デザインコンサルティング会社は、イノベーションに寄与するだけでなく、顧客組織の大きな組織的変化を後押しすることができます。この章では、組織的変化の触媒としてのデザインコンサルティング会社が果たす役割を、「デザインすることのマネジメント(maanging as desiging)」という概念から議論していきます。
10章:まとめ
最後の第10章「まとめ:デザインを通じて組織や社会をリードすること」では、デザインのリーダーシップという概念を考察し、それまでの章で取り上げた主な概念を総括して、全体的な結論を導いています。
「デザインマネジメントシリーズ」における本書の位置付け
本シリーズの第1弾である『デザインマネジメント原論 – デザイン経営のための実践ハンドブック』(デイビッド・ハンズ、2019)と第2弾の『実践デザインマネジメント – 創造的な組織デザインのためのツール・プロセス・プラクティス 』(イゴール・ハリシキヴィッチ著、2019)、そして第3弾の本書は、「デザインマネジメント」に関わる世界的な教科書を取り上げてきました。
「基本編(原論)」、「実践編」と続くなかにあって、各種の知見を網羅的に参照しながら詳しく解説がなされた本書は、いわばその「応用編(詳説)」にあたります(図表g.)。この「デザインマネジメント」の基礎を構成する三部作(ファンダメンタル・トリロジー)では、デザインマネジメントを志す学生や研究者からデザインマネジメントを実践する経営者やマネジャーまでの幅広い層の方々に向けての企画となっています。
図表g. デザインマネジメントシリーズのなかの本書の位置付け
これまで日本や米国のデザインマネジメント分野の書籍では、その実践者による事例や主観的な論調によるものが多いことや、本書がデザインの領域とマーケティング論や組織論といった経営の領域との統合を試みようとしているように、その内容自体が横断領域であることなどが相俟って、なかなか最新の学術的な知見が反映・連動することが実現しませんでした。
しかし、本シリーズを皮切りに学問としての「デザインマネジメント」の開拓が進むことやフレームワークが提示されることによって、かえって実践者による事例や考え方が取り込みやすくなるに違いありません。そして、デザインマネジメントの実践者においても、常に自分の直面している課題やテーマの位置付けと自身の立ち位置を確認しながら、自信をもって取り組むための羅針盤を得ることができるでしょう(このことは、「経営学」における理論と実践の間にある関係に相似したことかも知れません)。本シリーズにおいても、この基礎をなす三部作の後には、数々の先進的な実践の進む米国の取組みの紹介を計画しています。
是非とも、本書とデザインマネジメントシリーズの書籍群をお役立ていただけましたら幸いです。
なお、本ブログ欄でも、今後、本書の主要なトピックスの解説や原著者とのやりとりなどを公開していく予定にしています。そちらも併せてご参照ください。